はじめに

2014年12月追記 以下のメモは2006年に作成したものです
現在の状況とはずいぶん色々なことが変わっていることと存じますので
それを踏まえた上で読まれることを推奨いたします

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私は2005年5月に卵巣嚢腫と診断され、
2005年6月15日から、23日までの8日間入院、摘出手術をしました。
そのときのことをとりまとめたメモです。

自分がこの病気だと診断されたとき、
これから自分はどうなるのかわからず不安でした。
手術するの?どんな手術?体はどうなるのか?
また入院日数は?手術した後はどうなるの?

そんな中、ネット上にある同じ病気を乗り越えられた方の
闘病記などを読んで、手術の前はこういうことをするのか…
こんなことになるのねって、随分助けられました。

私のあほな文章でも、そうして誰かの目に触れて
不安をちょっとでもやわらげられたらと思い、書きました。
素人が思い出して書いているものですから、気をつけてはいますが
もしかしたら医学的に間違っているところなどあるかもしれません。
はなし半分で読んでいただけると幸いです。

★左のメニューより各項目へジャンプできます
一気読みされる方はこのままどうぞ




患者日記1 自覚症状~発覚

2005年5月某日

今までごまかしごまかしやってきたけど、やはりこの腹部のふくらみは異常な気がした。
仰向けにねころぶと、下腹部がつっぱって、へその下あたりから丸いものが入っている感じがするし
立っていてもあきらかに下腹部だけ出ていて妊婦さんのようだ。なにこれ?
ネットでしらべると、何かあるとしたら部位的に婦人科系の病気の可能性があるらしい…。
気になってしかたがない。

ある晴れた昼さがり、地元の病院へ。
自覚症状を話すと、気のせいじゃない?一応みるけど…とか先生が言う。
一応みてもらおうと診察ベッドに仰向けになったら「卵巣はれすぎ!」って直ぐに言われて驚いた。
なかから超音波とか触診をして、「凄く大きい。こんだけ大きいと悪性も考えないといけない」という。
卵巣が人の頭くらいおおきく膨らんでいるらしい。ウッ。肋骨のすぐ下から下腹部まで腫瘍があるとのこと。
ていうか超音波をしても画面いっぱいに腫瘍がうつりこんで何やらわからない。
しかも悪性?悪性って。

悪性の腫瘍なんて考えてもいなかったので目の前が真っ暗になる。
もし悪性だとしたら、もの凄く進行してるはず。
だってこんなに大きいんだもの私はもうだめなのね。

わたし悪性なんですか?と聞いてみたらば
良性か悪性かは、手術して摘出したやつを病理解剖に出すまで
はっきりしたことはいえないとのお答えでした。なるほどな…。先は遠いのね。

とりあえず血液検査と、CTをとることに。

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CTは地元の病院にはなかったので、後日ちょっと離れた病院に取りにいきました。
CTスキャンの機械は凄くうるさかった。
ガゴーン!ガゴーン!ガゴーン!ガゴーン!ビービービービー
で、待つこと数十分で輪切りの写真ができあがる。
CTの為に造影剤を打つ人もいるってネットで読んだけど
私はなかった。大きいからそんなのなくてもぜったい綺麗に写るよ!んですって。なんだかなあ。

このころにはネットで情報収集をしていたので、いろんな知識が身についていました。
卵巣にできる腫瘍には種類があること。腫瘍の内容物にもいろいろあること。
それがCTの写真である程度判断できること…。
なので、写真が出来上がるまで待合室で震えていました。

名前を呼ばれて診察室へ。
写真を見ながらお医者さんが「これが腫瘍で、これが腎臓で」と説明してくれる。

写真はすごくわかりやすい! わぎりね!
両方の卵巣が腫れていて、一つは本当に人の頭くらいあったのでショック。
肋骨の終わりから下腹部ぎりぎりまですべての輪切りカットに腫瘍が映りこんでて泣きそう。
もう一つは子供のコブシくらいの大きさ。両方腫れていたのも悲しい。

腫瘍はきれいな袋状になっていて、黒くうつっていた。
そのなかに白いくっきりしたものがいくつか見えるが、これはカルシウムだって。
あと水っぽいもの(油?)とかも沈殿してうつってました。ぎょええ。
ということで中身から推測するに、「皮様嚢腫」ですねっていわれる。おお。病名がはっきりしてきた。

皮様嚢腫というのは卵巣嚢腫のひとつで
内部に油、毛髪、骨、歯などができる腫瘍です。原因はわからない。
放っておいても小さくなることはなく、むしろなんでか順調に育っていく腫瘍なので
わたしも小さいころから育てていたのだろうといわれました。
とにかく下腹部にそのようなものができているらしい。

あと腫瘍が大きすぎて腎臓のはしっこが傷んでいると先生が教えてくれた。
小さいころから尿検査を受けると毎回潜血でひっかかったんだけど
もしかしてこの腫瘍のせいだったんかなあ。

ていうかあまりに尿検査でひっかかるから何度も精密検査って言って
血液検査やら何やらしたけど原因不明だったのよね。
あの血液検査でついでに腫瘍マーカー(後述)もしらべてもらってたら
ずっと昔にわかっていたんじゃないかしら。
いまさらいっても仕方のないことですが…。

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で、CTの写真をもらって地元の病院へ帰る。

血液検査の結果はすごかった。
詳しいことは省きますが、血液検査で体内に癌細胞があるかどうか調べることが出来るのです。
良性か悪性かを調べるのに役に立ちます。
こういうのを腫瘍マーカーといいます。詳しくは他の専門サイトを探してみてね。

で、私は卵巣癌などに反応するCA19-9の数値が異常高値だったので(1600U/mぶっちぎり)
怖くてどうにかなりそうでした。ちなみにCA19-9基準値は37U/ml以下。
ネットで調べると、皮様嚢腫の場合は良性でも高値を示すことがよくあるらしいけれども
ここまでぶっちぎってる人はみつからなかった。
お医者さんも、ここまで数値が高いとちょっと心配だねえと言う。
子宮癌とかに有効な腫瘍マーカーCA-125も基準値の二倍くらいはあったと思う。
もう駄目だと思った。

この病気でいちばん辛かったのがこのことで、
切るまでわからないというのが精神的に本当にきつかった。
希望的観測と絶望的観測が交互にやってきて、 なかなか正気ではいられない。
なるべく余計なことを考えないように、あほなことを沢山していました。
あほな漫画を一気読みしてみたり。
夜は「ガキの使い」のDVDが大活躍。お笑いはお勧めです。
それでもうっかりすると人生をふりかえって総括してしまうので
へらへらするには不断の努力が必要です。
私は普段からあほなのでまあよかった。

まあとりあえず手術はせなっていうことで、手術できる病院に紹介状を書いてもらう。

ネットでいろいろ病院の評判を調べてみたけど、どこも似たようなものみたい。
人気のあるところは半年待ちとかが当たり前みたいだから、
どこでもいいから早く手術できるところで決めました。
はやく切って病理にかけてくれ!という気持ちでいっぱい。

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5/某日(なんで忘れたんだろ)

市民病院に紹介状とCTの写真を持参する。
話が通っているのでスムーズ。
担当の医者と相談して手術日を決めるだけ。

あとは術前に必要な検査をオリエンテーリングのようにこなしていく。
血液検査・MRI・胸部レントゲン・超音波・あと血の止まり具合をみるやつと心電図。

そうそう、MRI担当の二人の先生が若くてかっちょ良く
2人がかりで台に固定されるときにはなにかエロチックなときめきを感じました。
CTにくらべて重厚なひびき。
ドゴンドゴンドゴンドゴングガガガガガガ!シャキーンシャキーンっていう感じでした。
動かないでくださいね、あとなるべく寝ないでくださいねって言われたけど
うるさくて眠れるわけもない。(噂によるとヘッドフォンを付けてくれる病院もあるらしいですね。いいなー)
MRIはお腹を中心に30分くらいでした。

この時期も頭をよぎるのは腫瘍が良性か悪性か、もうそれだけ。
腫瘍が良性か悪性かは、モノを手術で切り取って病理解剖するまでわからない。
見た目良性でも実は悪性だったり、その逆もたくさんあるみたい。
でも大体の見当で教えてくれる人もいます。
CTとったとこの先生は丁寧に根拠つきで教えてくれました。
私のCT写真にうつってるものは、腫瘍の表面がギザギザしてなくてつるっとしており
良い顔をしているから大丈夫ってゆってくれはった。良い顔って言葉が面白くて覚えています。
不安で気が狂いそうななか、そんな医者のひとことには随分救われました。

患者日記2 入院~手術

6/15(水)入院初日 

そうこうしている間に入院の日がくる。
ここからは詳細なメモがあるので詳しく。

午前9時に、病院から体調の最終確認の電話。家を出る。

午前10時に病院着、手続き。
ベンチに座っていると看護士さんが迎えにきてくれた。
病棟へ案内してもらう。ぼろぼろの病院のぼろぼろの302号室。
部屋の説明を受けた後、主治医がふらっと来て手術の話をしていく。
モノが大きい為、腸への癒着が心配だという。
ひどい癒着は無いと思うけど、まあ、おなか開けてからやね、という話だった
聞いたところで私はどうすることもできない。
良性なのか悪性なのか。また疑心暗鬼に陥る。

入院中こんな記録ばっかりとってた

お昼すぎ、産婦人科のあの台に乗りバリカンにて毛ぞり。バリカンはけっこう痛かった。
それにしてもわからない。何故この病院は何かする度にあの台に乗せるのかしらん。
結局あの台では剃りのこしができるからって、普通に立ったまま剃ってもらった。
はじめからそうしてもらいたかった。

こんなかんじ。


15時ごろシャワーに入る。

17時ごろ麻酔科の担当田中さんが来て、手術の説明をしてくれる。
手の甲に刺した点滴から麻酔をいれていくんだって。
あと喉まで管を入れて呼吸を確保しますからって。
聞かないほうがよかった。どうせ意識ないんだもの。

18時ごろ晩御飯。

20時ごろ血圧・検温。37.1度。

22時ごろ、寝る前には下剤と精神安定剤(マイスリー5)を飲むように言われた。
下剤の名前は「ヨーデル」だった。ふふぁっおもろ。突っ込んでもひとり。
23時から絶飲食。この次に水が飲めるのは明後日だ。

手術自体への恐怖はどうってことはなく、むしろ目が覚めたあとの事がこわい。
腫瘍が見た目で悪性とわかるケースだったりしたら
手術から目がさめたときに、親の顔が青ざめてるんだろうなあ。目が赤かったりするかもしらん。
親の顔で手術の内容がだいたいわかるな。怖い。親の反応をみるのが怖い。
など、よからぬことを思いながら就寝。
指輪物語のラジオドラマを聴きながら横になってたんだけど
精神安定剤のせいかしらないけど
情景がクレイアニメみたいにつぎつぎに脳裏にうかんできて超たのしかった。
クスリやるのってこんな感じかなと思った。知らないけど。

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6/16(木)手術日/術前

よく寝た。

朝8時に「浣腸ですよー」ってトイレに連れていかれる。
凄い量を浣腸されてイチコロでダウン。昨日の下剤で全部出たのに~。
いま思い返すと浣腸が山場だった。いちばんつらかったかもしれない。
2、3分我慢してくださいって言われたけどもう10秒も我慢できません!
トイレでしばらくうなって、へとへとになって病室に帰る。
手術着に着替え、弾性ストッキングをはく。気分はすっかり手術される人だ。
しかし実感がわかない。そばに居てくれる父母になんていっていいかわからない。

9時にストレッチャーに乗って、ガラガラ手術室まで運ばれる。
今は歩けるのにガラガラされるのはおかしいなあと思う。
途中、麻酔の田中さんとか助手の人とか、いろんな人が声をかけてくる。
あーこの人たちに内臓を見られるのかなど考えると恥ずかしい気がする。

手術室は凄く綺麗だった。最新ってかんじ。変な洋楽がかかっていて面白かった。
手術台に移って、手術着をとる。みんなは服を着てるのに私は裸になるのね。えろす。
落ちないように手足を固定される。これもまたえろす。

麻酔科の田中さんが、じゃあはじめるねって手の甲に針を刺して点滴を入れていく。
はやっ!もうですか!超淡々としておる。
プロやなーこの人たちにはこれが日常なんやわ。なんとか考えていると
点滴をさした左の手から冷たいのが入ってきて、急速に意識が凍りつく。こわし。
起きてますかと言われたので、まだ起きてますと答える。
これからここで血みどろのあれがはじまるんだわって、うわー息がしにくい気がする(気のせい)これって

終わりましたよ~と言われて起こされる。
ガラガラと病室まで運ばれている様子。
時間を聞いたら「11時すぎ」といわれる。
手術の予定は二時間だったので
癒着してなかったのね~とほっとして意識がとぶ。


術前したことのまとめ


患者日記3 術後~退院


6/16(木)手術日/術後

気がついたら病室だった。自分からいろいろな管が出ていることに気がつく。
足にはエコノミー症候群を防ぐためのマッサージ具もつけられていた。
酸素マスクもしていたけど、これは邪魔ならとっていいと言われたのですぐにとった。

そうそう、 入院するときに冗談で黄色いクマ(下図参照)の形をした枕をもっていったんだけど
どうも備え付けの枕じゃなくてそれを頭にあてがわれていて
面白くてこまった。大事な枕かと思われたのか。



お腹が痛い。
ずきずき痛いというよりも、ずんずん重苦しくて面倒くさくてうっとおしいような痛さだ。
そういえば生理痛に似ている。場所が同じだからだろうか。
痛み止めを打つか聞かれてたので打ってもらう。このだるさが楽になるかもしれない。
筋肉注射だけど、あまり痛くなかった。
痛さよりもだるさと熱さが酷いのは意外だった。
それでも痛み止めが効いてくると少し楽になって再び眠る。

夜中に何度も起きる。痛みは随分緩和されたが、こんどは熱が下がらない。
息苦しいとおもったら38.8度だって。
ずっと仰向けの体制がつらいが、導尿や心電図や点滴の管が邪魔で動けない。足も重い。
何がどうなっているのかわからないよ。自分がSFだ!
腰が痛くなってきたので、看護士さんにクッションをもらって腰に挟む。あまり楽にならず、
朝までこのままかと思うと耐えられない気持ちになるが、考えたところでどうしようもない。
父母がそばにいてくれたけど、どこかに気をやるのも辛くて、早々に帰ってもらった。
申し訳なかったけど、本当にしんどかった。声をだすのもふりしぼるかんじだ。
何かを考えるのもしんどい。考えるのをやめた。

けれども時間が経たないのには参った。
5分きざみに寝たり起きたりを永遠繰り替えすのにうんざりしてくる。
もう1時間はたっただろうと思って時計をみても1分くらいしか経っていない。
益体のないことばかり考える。しまいには自分で参ってくる。
したばかりの親不孝を反省したりして過ごす。あほやねん。

夜まで様子をみたが、熱は一向に下がらず。
看護婦さんが頻繁に様子をみにきてくれるので助かる。
喉が渇いて苦しいので、うがいができるのはうれしかった。
座薬をうってもらって、やっと就寝。

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6/17(金)術後一日目

朝5時半に起きる。おきてもなにも出来ないのでつらい。

朝八時ごろ検温。
看護士さんが、朝一番に「今日は歩いてもらうよ~」と言ったものだから
人間って凄いんですねえと他人事のような返事をしてしまった。

ちょっとずつベットを起こして、歩く準備をする。

歩けば導尿が外れるというのは嬉しい。これはけしからん器具だ。
なんとしても歩こうという気持ちが湧いてくる。
ベッドに座ると、体の血が一気に引く感じがしてクラクラした。ものすごい重力。
ものすごい貧血!これいいの?これっていいのかい?体大丈夫なの?
危ないくらいのくらくら感だが、とにかくあれを早く取ってもらいたい。
鬼のような形相で処置室まで歩く。点滴につかまり歩くなんて病人みたい。

昼前に主治医に傷口の診察をしてもらう。また産婦人科の例の台の上だ。解せぬ。
やせたねえと言われて、お腹をみたら前まであった山がべこっとなくなっていた。
あら、 私おなかやせてるわ。
左右両方とも、卵巣と卵管残せたよといわれた。そうですか…。

それと、導尿の管を抜いてもらった。ぶしってかんじ。浣腸の次にいたかった。
なんか丸いものが出たきがする。バルーン?いやバルーンにしては小さいような…。
なんか怖くて目を離してたので覚えてませんが痛かったです。
オロオロしながら帰る。これで私につながっている管は点滴だけだ。
点滴は術前に田中さんにさされたっきりつながりっぱなしだ。常に栄養とか入れられてます。田中さんさまさまや。

病室にもどると、可愛い看護婦さんが体を拭いてくれた。こりゃ男だったらたまらんな。
術前にはいたストッキングも脱がせてくれた。恋に落ちそう。
着替えも手伝ってもらってもう恋愛ゲージまんぱい。

昼から、重湯がでる。
美味しいものではないけれど、何か飲めるのが嬉しい。
今日からテレビが見られるので、気がまぎれて助かる。
横になっているより起きていたほうがお腹がいたくないのはどうしてだろう。
あぐらをかいてテレビ見てたら看護婦さんにこらーって怒られた。可愛いな。

夕方ごろ部屋移動。302→305号室へ。
トイレの前の部屋なのですごく助かる。

晩御飯は重湯とのむヨーグルトと林檎ジュースだった。
味がついててうれしかった。

一日中点滴がつづく。左手が冷たい。
トイレが近いのに遠い。
トイレの回数と内容を記録せねばいかんのが面倒で忘れそうになる。
トイレでちょっとしゃがむのもお腹がひきつれて中身がでてきそうになって怖い。
熱は相変わらず38度を切らない。夜になるとまた上がる。



この病院は22 時消灯。

23時ごろ検温。熱がさがらないのでアイスノンをもらう。
気分よく使っていたら、ベテラン看護婦さんにそれお乳用アイスノンやでっていわれてびっくり。
どうりでちっちゃいはずや。ハハハ。

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6/18(土)術後二日目

6 時半に血圧・検温、採血。

7時半にごはん。五分がゆ・牛乳・高野ドーフ。

今日から五分粥が食べられる。でも半分くらいで断念。
ごはんを食べるとお腹が重くなって息切れがする。
あるくと傷口がひきつれる。
傷口がひらいて、中身がドバー!!ってでてきたら怖いなどと思いながら歩く。

12時にごはん。
鶏肉とタマゴを煮たやつ、五分がゆ、牛乳、フキのお澄ましとかぼちゃの煮物。

今日からシャワーを使えるがどうするかと聞かれる。
体調が良くないので、髪の毛だけ洗ってもらった。
熱が下がらなくてだるい。
こんなに熱が上がるとは思っていなかった。

夜に、一旦点滴が終わり。嬉しい。

産婦人科病棟なので、毎日分娩がある。
お母さんの大変な叫び声を聞いていると
人が生まれて死ぬるのは自然のことなのだなあと思える。
全ての人間があのように生まれてきたのかと思うと、何か誇らしい気分になる。

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6/19(日)術後三日目

朝六時半に検温。

7時に朝ごはん。生の食パン!とジャム…。
あんまりだった。

熱が下がってきた。37.5度まできたぞう。

10時に回診。また点滴をさされる。やっぱり冷たい。

いろいろな人が面会にきてくれた。
一人でいると色々と思いつめることが多く、とても助かる。
心配してもらって嬉しくてすみません。

点滴は、夕方もう1本うってやっと終了!
左手が解放された。手術いらいずっと入ってた針を抜くのがこわかったけど
全然いたくなかった。むしろそれを固定してたテープをはがすのが痛かったくらいだ。

晩ごはんは全粥と青菜おおひたし、なすびとそぼろの煮物、さばの味噌煮。

日に日に元気になってくるのを自覚するが
余裕ができると、また余計なことを考えはじめて、眠れない。
夜がくるのが怖い。夜は敵だ。
でも、産婦人科病棟でよかった。
昼間は赤ちゃんを見に来る人でにぎやかだし、みんな病人らしくなくて明るい。
婦人科だけある病院に行こうかともおもったけど、ここにしてよかった。
人間についていろいろ考えた。

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6/20(月)術後四日目

36.8度。もうすこしだ。

朝、検温といっしょに採血。注射の痛みにはなれたが、指す瞬間はやっぱり怖くて見れない。

今日から常食。コッペパン二つとサラダと牛乳。あったかいものがほしいよ。
胃があまり食べ物を受け付けない。
思い立って体重計に乗ると3キロ減っていた。
嬉しいどころか怖かった。三キロも入ってたのか?
ちょwwwwwwwwおまwwwwwwwwww
っていう感じでした。

点滴が終わったので、今日からはお薬。
毎食後だが、毎食飲むのを忘れて慌てて飲む。

昼ごはんは普通のご飯、すきやきとつゆなしそうめん、味のないほうれん草のおひたし。
味気ない…。これが病院の御飯…。

今日は初シャワー。傷口のホッチキスに驚く。
なんか虫みたいなんひっついてる。
立ってるのが辛いので、汗だけ流してすぐ出る。弱いな…。

晩ごはんはご飯とてんぷらと野菜。てんぷら味がしない!と思って残念がってたら
片付けのときにお盆にはりついたしょうゆの袋を発見す。
忍たま乱太郎を見ながら食べた。

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6/21(火)術後五日目

36.0度。
やったと喜んでいたら二時間後には37度に戻っていた。なんだ。

朝はパンとゆで卵とジャム。あんまり。

主治医がふらっと来て、
元気そうだから明後日退院ねと言って去っていく。
熱あるけどいいのかな。いいんだったらいいんだったら。

昼はごはんと焼き魚とほうれん草のごまあえ、卵のおすいもの。
マザー(DS)をしてすごす。夏休み気分がしてきた。

15時ごろ、他の病室で盗難被害があったそうでお知らせがまわってくる。

16時ごろシャワー。しんど。

18時夕食、ごはん、ハンバーグ、ポテトサラダ、ピーマンのいためもの。あんまり。

22時消灯。気を失うまでマザーで遊ぶ。

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6/22(水)術後六日目

37.2度。私の平熱は37度になったようだ。
検温の後もう一度寝る。昨日の夜更かしが効いているのか。
しかし手術前の夜の夢をみてびびる。

午前9時半、放送で呼び出されて処置室へ。
抜糸。もちろんあの台の上だ。なぜだ。ぱんつが丸見えじゃないかきみ。
ホッチキスをたくさん抜いた。その行為自体は痛くないが
抜いたところに消毒液がしみていくのがしゅごく痛かった。
そしてジワジワどころじゃなくなって痛かった。
痛いというか、熱いかんじ。まだ?まだあるの?早くおわってくれ。
抜かれながら手術のことを聞く。見た目は良性ぽかったらしいから安心しろといわれるが信じられない。
エコーでおなかを見てみたら、前は腫瘍が画面いっぱいにあったのに
子宮が見えて感動した。わたし内臓あったよ!

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6/23(木)術後七日目

7時半朝ごはん。パンと牛乳とサラダ。

10時最後の回診をして、退院後の過ごし方を聞く。
術後1ヶ月は安静に、少なくとも2週間は自宅でぼうっとしとけとのこと。

ほんで、退院!
あとは、病理の結果待ちだ。7/11日に来るよう言われる。
やっとここまで来たかと思う。

自分のベッドはやっぱり気持ちがよかった。
ほっとしたのか、長い間眠りました。
家がいちばん落ち着く。かえってこられてうれしい。
やっと終わった。

その後の経過

2005、7/11(月)

病理の結果、良性。今度はほっとして熱がでた。
今後はマーカーの数値を見守る。次は二ヵ月後。

2005、9月:マーカー(CA-125、CA19-9)ともに正常値(あれだけあったのに!)
2006、3月9月:マーカー正常値

定期健診は半年ごとになりました。
いまのところマーカーに異常はみられません

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ここから追記

2008年くらい
血液検査はもう要らないということで、お腹の上からの超音波検査のみになりました

2010年くらい
不正出血があり、検査の流れでなし崩し型に中からの超音波検査になり
その後ずっと中からの超音波検査です。(毎回痛いけどもう仕方ない~)

2014年
先日定期健診のついでに、主治医に妊娠について聞いてみました
手術の後に「正常な部分をのこせたよー」とは言われたものの、それがどういう事なのか怖くてちゃんと聞いてなかったんです
(年齢的なことはさておき)これまでの超音波検査では卵巣とかが正常に活動してるのが見えるのでたぶん大丈夫
ぜひがんばって!ということでした
そうかあーって思いました

入院期間

2005年6月15日から、23日までの8日間。
市民病院の産婦人科に入院していました。

入院患者のスケジュール表



字が汚くてどうもすみません。
頭を洗ってもらったのが気持ち良かった

術前にした検査まとめ

血液検査・超音波・CT(地元の病院で)
血液検査・血圧・MRI・胸部レントゲン・超音波
心電図・耳を切って血の止まり具合をみるやつ(手術した病院で)

そうそう、地元の病院では超音波は中からやったけど
市民病院ではお腹の上からだったよ。市民病院の人になんでって聞いたら
これだけ大きかったらどっちからみてもよく見えますよ!って言われて納得した。
地元の病院はやぶだったのかもしれない。あの我慢した痛みはなんだったの。きいーっ。

手術について

今は、大抵は腹腔鏡手術って、凄く小さな穴を開けるだけで済むみたいです。
私の場合は、MRIに小さなカルシウムのカタマリが写っていたので、それを取り出すためと
大きさが大きさのため、腸への癒着が心配だということもあって開腹でした。
予定時間は二時間。切ったのはへそ下。傷跡は5センチくらい。

麻酔は全身麻酔でした。
かなり不安でしたが、不安に思っていても逃れられないことなので
あまり考えないようにしていました。寝てれば終わりだもの。
あと多分精神安定剤が処方されますから、術前の夜はへっちゃらでしょう。
精神的に危ないのは手術日の朝目が覚めたときかもしれない。
正気にもどってるから、やっぱりこわいんですよね。
でも浣腸されたり挨拶があったりと
ばたばたするのできがついたら手術室で
そのつぎ気がついたら病室です!頑張ってくださいね。

持ち物

(手術用)T字帯、産褥パット、清浄綿、ナプキン、タオルなど
(生活用)パジャマ、下着、コップ、おはし
(娯楽用)CDウォークマン、DS、PC、耳栓、本、メモ帳など

手術に必要なの物は大抵病院の売店で揃いますから、その他のものをかいておきます。

●パンツ!そうそう下着のパンツ!
腹腔鏡手術の方はどうかしりませんが、開腹手術の人は聞いてください。
へそ下を切ることになっている人は、あれですよ、普通のパンツをもっていったら傷口にゴムがジャストミートしますよ。
痛いわけじゃないけどもにょります。
縫った上にホッチキスを打って、その上にテープを貼ってその上を包帯でぐるぐると固定するわけですが
ヘソまである大き目のパンツを持って行くと良いですよ。包帯もなにも全部がぼっと入るので安定性ばっちり!色気はぜろです。

● メモ帳は、トイレの回数や体温を記録するのに重宝しました。
それと、主治医に聞くべきことを前もって書いておくと聞き漏れがないです。
入院中はぼうっとしてしまうことが多いけれど、メモがあると後から思い出せるので安心です。

●耳栓はいる!特に産婦人科に入院する皆さんには絶対いります。
夜は毎日お産がありますから、出産する方の絶叫がきこえてきます。
ギャーとかじゃなくって、「もうやめる!」「あんた(旦那)なに笑ってんの!」みたいな
ちょっと展開がきになる大声が聞こえてきくると面白くて眠れないので
耳栓はいります。もしくは音楽プレーヤですね。

●あとは、自分が気を紛らわせられるもの。
本も音楽も明るいものがよい。人が死なないようなもの。四こま漫画とか安らいだ。
寝付くぎりぎりまでなにかしていないと駄目な人は、ラジオか携帯ゲームを持っていくと良いと思います。
消灯後はやることがなくて、真っ暗の中ついつい怖いことを考えて気が滅入りますが、
そういうものがあれば消灯(私の場合10時)後も心強し。

●私が持っていって一番役に立ったのは任天堂DSだった。
消灯後も見ようと思えば病室のテレビが見れるのですが
テレビの光がかなり明るく、同室の妊婦さんに迷惑がかかるので
布団にもぐってDSばかりしてました。おかげで逆転裁判とマザー1をクリアすることができました!
ただ看護婦さんに見つかると凄く恥ずかしいので、
検温の時間をチェックしたメモをそこらに貼っておくと万全です。


病室がさびしいからフィギュア持って行った

情報収集

やはり、不安です。
同じ病気の人はどんななのか知りたいですね。
そういうときにネットはとても心強いです。
個人さんのサイトも沢山ありますし、コミュニティサイトもいくつかあったと思います。

あと、「にちゃんねる」の
身体・健康板に卵巣嚢腫のスレッドがあるのですが
同じ病気にかかってる人が沢山いらっしゃって、でも皆さんとても前向きで心強く
見てるとなんだかはげまされるものがあり、私はよくのぞきに行っていました。
よくある質問や、お役立ちリンク集などもはじめのほうにまとめてくれているのでオススメです。
情報が新しいのもうれしいです。
下にスレッドを貼っておきますから、抵抗の無い方は一度のぞいてみてください。見て損はないと思います。

卵巣嚢腫の人集まれ5
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/body/1153406629/l50


さいごに

こんなふざけた日記ですが、みなさんに何か私の体験が役立てばという思いで掲載しました。
同じ病気で、今手術前の人、病気がわかったばかりの人
本当に不安でしょうが、こんな例もありますということで、ほっとしていただければ幸いです。
乱筆乱文ご容赦ください。
書いた人 /ヒトミ
書いた日/2006.08.02